2006年05月31日

vol.21 言葉

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☆『この場合、音楽は目的を達成する手段にすぎない。

  これは否定的な意味ではなく、むしろ音楽を作るモチベ
  ーションが低下している現在において有効な在り方の1
  つだろう』

                    渋谷慶一郎

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  「坂本龍一の作曲技法」
      (リットー・ミュージック/2002年)より。

   詳細→ http://tinyurl.com/d4oor



●これは、地雷廃絶のキャンペーン・ソングとして書かれた
 「ZERO LANDMINE」についての解説からの一文。



 この曲や最近の「ROKKASHO」「UNDERCOOLED」など音楽作品
 はもちろん、

 音楽活動以外の露出度の高さにも表れているように、

 近年の教授にとって、社会との関わりという要素は
 表現者として、とても重要なテーマのようだ。



 こういうテーマを扱う場合、どうしても避けられないのが、

 基本的には、言語に依存しないタイプの音楽家である教授
 が「言葉」とどう向き合うのか、という問題だろう。



 何らかの主義主張を掲げた作品は、世の中の人々に届いて
 こそ意味がある。


 それには、やはり「言葉の力」を活用するのが最も
 効率的であると考えるのはとても自然なことだと思う。



 「ROKKASHO」や「UNDERCOOLED」を聴いて思うのは、この
 ラッパーとのコラボレーション、というスタイルは教授に
 とても合うのではないだろうか、ということだ。



 例えば、「ZERO LANDMINE」のように非常にメッセージ性の
 強い歌詞を歌メロに乗せるような方法の場合、

 原則的には、歌詞を無視して音楽と接することにしている
 僕のようなリスナーだと、メロディーという純音楽的な魅
 力が言葉の内容によっては妨害されているように感じるこ
 とがある。



 その点、ラップの場合はよりパーカッシヴでリズミカルな
 色合いが強いせいか、少々ヘヴィーなメッセージが語られ
 ていても、その本来非常に自己主張の強い方法論の割には
 音楽的な抵抗感が少なく、

 リズム的要素の一部として同化して、受け入れることがで
 きる感じが個人的にはする。



 こういうスタイルの導入に関しては、もしかすると渋谷陽
 一の影響でエミネムも聴いていた、という最近の教授の学
 習の成果も多少あるのかもしれない。



 「売れる音楽はもうやらない」みたいな発言も近年にはあ
 ったけれども、


 やはり教授という人は「ポップ・ミュージック」の人なの
 だな、

 と改めて思った。


                    <文中敬称略>

                

  「坂本龍一の作曲技法」
 
   詳細→ http://tinyurl.com/d4oor


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●あとがき

♪こんにちは、吉村でございますー。

 ようやく晴れの日が増えてきましたね。


 やっと書けました(^ ^;
 (当初の予定とは少し違う内容になりましたが)


 いやー、怒濤のような5月でございました。

 ゆっくり音楽を聴く時間がないというのはかなり
 ストレス溜まります。


 忙しいのも、ほどほどにしないといけませんねー。


 みなさまもお気をつけて♪



 そうだ、これも早く買わないと!

 → http://snipurl.com/r1ja



 
 
 それではまた〜


●ストップ六ヶ所 
   http://www.stop-rokkasho.org/

●坂本龍一最新ニュース
   https://www.sitesakamoto.com/newsletter/

●坂本龍一オフィシャルサイト
   http://www.sitesakamoto.com/



★アメリカは恐いっすね・・・

http://1muryoureport.com/?2399
posted by ヨシムラ タケヒロ at 11:24 | Comment(0) | 坂本龍一を考える。-メルマガ・バックナンバー
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